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何もしない時間が、いちばん心地いい場所

 

 

何もしなくていい時間が、心地いいと感じることがあります。そんな感覚を、ふと思い出す瞬間はありませんか。

予定をこなしているわけでもなく、役に立つことをしているわけでもない。ただ、そこにいるだけ。

南大阪や大阪で庭や外構のご相談を受けていると、そうした時間への違和感や、「本当はこういう時間がほしい」という気配に、共通するものを感じることがあります。

この記事では、「何もしない時間」がなぜ心地よく感じられるのか。そして、その時間を受け止めてくれる場所について、暮らしの感覚に近いところから、静かに考えていきます。

 

何かをしていないと、落ち着かない日常

 

私たちの毎日は、「次に何をするか」で埋まっています。

家事、仕事、予定、連絡。終わらせること、整えること、気を配ること。

家の中にいても、どこかで頭が動き続けている。静かなはずなのに、完全には休めていない。

便利で快適な暮らしほど、無意識の「管理」は増えていきます。

その状態が続くと、何もしない時間に、少し落ち着かなさや不安を感じることもあります。

 

何もしない時間は、さぼりではない

 

何もしない時間という言葉には、どこか後ろめたい響きがあるかもしれません。

けれど本来それは、心と体が、自分の位置に戻る時間です。

考えなくていい。判断しなくていい。整えなくていい。

そうした状態になったとき、呼吸が深くなり、視線がやわらいでいきます。

何もしない時間は、止まっている時間ではなく、回復に向かっている時間なのかもしれません。

 

心地よさは、環境に支えられている

 

何もしない時間が心地よくなるかどうかは、性格だけで決まるものではありません。

周囲の環境が、「何もしなくていい」と許してくれているかどうか。

視線が気にならない。音が強すぎない。足元に不安がない。

そうした条件がそろうと、人は自然と、力を抜くことができます。

逆に、どこか落ち着かない場所では、何もしないつもりでも、心は休まりません。

 

「何もしない」を受け止めてくれる場所

 

何もしない時間は、どこでも成立するわけではありません。

家の中では、どうしても生活の続きが見えてしまう。

そこで大切になるのが、家の外にある、もうひとつの居場所です。

庭や外構は、「使うための場所」だけでなく、「何もしなくていい時間」を受け止める場所にもなれます。

通り抜けるだけ。立ち止まるだけ。ぼんやり眺めるだけ。

それだけで成立する場所は、実はそれほど多くありません。

 

心地よさは、派手さとは関係ない

 

何もしない時間に必要なのは、広さでも、豪華さでもありません。

視線が抜けること。音がやわらぐこと。足元に安心感があること。

そうした基本的な感覚が整っていれば、場所は自然と、心地よくなります。

むしろ、情報が多すぎる場所ほど、何もしない時間には向いていません。

控えめで、主張しない。それが、長く使われる場所の条件です。

 

LOHAS GARDENが大切にしている考え方

 

LOHAS GARDENでは、庭や外構を「完成させる空間」とは考えていません。

暮らしの中で、ふと力を抜ける場所であること。

何かを足すより、何を減らすか。どこで止めるか。

その判断が、何もしない時間を支えていると考えています。

使い続ける中で、少しずつ馴染み、気づけば手放せなくなっている。

そんな場所づくりを、南大阪の暮らしの中で積み重ねてきました。

 

余白のある選択

 

何もしない時間は、心を休ませるための、大切な時間なのかもしれません。

その時間を、安心して過ごせる場所があるかどうかで、暮らしの感じ方は少しずつ変わっていきます。

庭や外構は、特別なことをしなくてもいい場所。ただ、そこにいるだけでいい。

すぐに何かを決めなくてもいい。役に立たなくてもいい。

そうした余白が、暮らしを静かに支えてくれることもあります。

 

読んでくださって、ありがとう。

南大阪エリアでエクステリアの施工実績1万件超。創業60年の信頼と技術で、理想の外空間をサポートします。

 

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