庭は、何かを足す場所ではありません

庭は、何かを足す場所だと思われがちです。
植栽を増やす。
ウッドデッキをつくる。
照明や装飾を加える。
けれど実際の暮らしの中で、
「心地よい庭だった」と振り返られる場所は、
必ずしも要素が多い庭ではありません。
南大阪や大阪で外構や庭の相談を受けていると、
完成直後よりも、数年後に評価が変わる庭があることに気づきます。
「最初は少し物足りない気がしていた」
「でも、今はこのくらいがちょうどいい」
そう話される庭には、
共通して“足されていない”空気があります。
この記事では、
庭はなぜ「足す場所」ではないのか。
その理由を、暮らしの感覚に近いところから、静かにたどっていきます。
足したくなる気持ちは、とても自然なもの
庭づくりの打ち合わせでは、
「せっかくなら、これも入れておいた方がいいですか?」
という言葉をよく耳にします。
それは欲張りだからではありません。
後悔したくない。
足りなく感じたら困る。
そうした不安が、
自然と「足す方向」へ気持ちを動かします。
庭は完成してから簡単にやり直せない、
そう思われがちな場所だからこそ、
最初に詰め込みたくなるのも無理はありません。
けれど、庭は家の中と違い、
時間とともに変わっていく場所です。
季節が変わり、
光の入り方が変わり、
家族の過ごし方も少しずつ変わっていく。
その変化を受け止める余白がないと、
庭はだんだんと窮屈になっていきます。
心地よさは、足した量では決まらない
心地いい庭に共通しているのは、
「何があるか」よりも、
「何を感じなくてすむか」という点です。
視線を気にしなくていい。
足元に不安がない。
動くたびに考えなくていい。
こうした状態が整っていると、
人は無意識のうちに、その場所に長くいられます。
反対に、要素が多すぎる庭では、
見る・選ぶ・気をつける、という行為が増えます。
派手ではなくても、
頭の中はずっと忙しい。
「なんとなく落ち着かない庭」は、
足りないのではなく、
多すぎることが原因になっている場合も少なくありません。
引き算の先に、庭の芯が残る
一度すべてを並べてから、
少しずつ引いていく。
本当に必要なものだけを残すと、
庭には、はっきりとした「芯」が現れます。
通り抜けやすい動き。
安心して立てる場所。
ふと視線が抜ける方向。
それらは装飾ではなく、
構造としての心地よさです。
庭は完成した瞬間よりも、
使われ続ける中で評価が決まります。
引き算で整えられた庭は、
時間が経つほど、暮らしに馴染んでいきます。
「何もしない余白」があるという価値
庭の中に、
特別な役割を持たない場所がある。
座らなくてもいい。
使わなくてもいい。
眺めなくてもいい。
ただ、そこにあるだけの余白。
その余白があることで、
庭は「使う場所」から、
「受け止める場所」に変わります。
忙しい日常の中で、
何もしなくていい場所があることは、
想像以上に大きな支えになります。
庭は、完成させなくていい
庭は、完成を目指す場所ではありません。
暮らしと一緒に、
少しずつ形を変えていく場所です。
最初から詰め込みすぎず、
余白を残すことで、
住まい手の時間が入り込む余地が生まれます。
その余地こそが、
庭を「自分たちの場所」にしていきます。
まとめ|庭は、足さないことで整う
庭は、何かを足して完成させる場所ではありません。
引き算の先に、心地よさが残る場所です。
視線、動き、足元、距離感。
それらが整っていれば、
庭は自然と使われるようになります。
もし今、庭づくりで迷っているなら、
「何を足すか」ではなく、
「何を足さなくていいか」を考えてみてください。
余白のある庭は、
暮らしに、静かな余裕を残してくれます。
読んでくださって、ありがとう。
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