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とくに何もしない庭の話

 

庭というと、何かをする場所、というイメージを持たれることが多いかもしれません。

子どもが遊ぶ。バーベキューをする。植物を育てる。人を招く。どれも間違いではありませんし、そうした庭の使い方が合うご家庭も、たくさんあります。

ただ、庭や外構の相談を受けていると、ときどき、少し違う声を耳にすることがあります。

「実は、そんなに何かをしたいわけじゃなくて」「ただ、外に少し出られたらいいんです」

その言葉には、庭を“活用したい”というより、庭に“何も求めたくない”という気配が含まれているように感じます。

 

仕事帰り、すぐに家に入らなくてもいい時間

 

仕事から帰ってきて、玄関の鍵を開けるまでの数十秒。車を停めて、ドアを閉めて、荷物を持って、雨の日なら傘をたたんで。

南大阪や大阪の暮らしでは、こうした帰宅の動きが日常になっています。家に入れば、ほっとするはずなのに、その前に、もう少しだけ外にいたいと感じる日もあります。

特別な理由はありません。疲れているわけでも、落ち込んでいるわけでもない。ただ、「今すぐ切り替えなくてもいい時間」が、少しほしいだけ。

そんなときに、とくに何もしない庭が、そっと効いてきます。

 

とくに何もしない庭は、使おうとしなくていい

 

とくに何もしない庭は、使おうとしなくていい庭です。

座らなくてもいい。眺めなくてもいい。手入れを完璧にしなくてもいい。通り抜けるだけ。立ち止まるだけ。風を感じるだけ。

それだけで成立する場所は、実は、あまり多くありません。

家の中では、どうしても生活の続きを感じてしまいます。片づけ、洗濯、明日の予定。目に入るものすべてが、「次にやること」を思い出させます。

庭があることで、視線が一度、外に逃げる。それだけで、頭の中の動きが、少しゆるみます。

 

何もしない時間は、さぼりではない

 

何もしない時間は、さぼっている時間ではありません。

考えなくていい。判断しなくていい。整えなくていい。そういう状態に、人はなかなか自分から入れません。

でも、環境が整っていると、自然とそうなります。音が強すぎない。視線が落ち着く。足元に不安がない。

とくに何もしない庭は、「何もしなくていい」と、環境そのものが許してくれる場所です。

 

広さよりも、主張しないこと

 

庭というと、広さや見栄えが気になることもあります。

けれど、とくに何もしない庭にとって、広さはそれほど重要ではありません。小さくてもいい。派手でなくていい。

むしろ、主張しないことが大切です。情報が多すぎない。役割を持たせすぎない。そのほうが、長く、無理なく付き合えます。

 

家族がいる暮らしほど、効いてくる庭

 

家族がいる暮らしでは、とくに何もしない庭の価値が、はっきりしてきます。

家の中では、誰かの気配が常にあります。それは安心でもありますが、疲れている日には、少しだけ距離を取りたいこともあります。

外に出て、一度呼吸を整えてから戻る。その一拍があるだけで、家の中の空気がやわらぐことがあります。

とくに何もしない庭は、家から逃げる場所ではありません。家に戻るための、静かな通り道のような存在です。

 

毎日使わなくてもいい場所

 

とくに何もしない庭は、毎日使わなくても構いません。

数日、通り過ぎるだけの日があってもいい。存在を忘れる日があってもいい。それでも、「ある」と分かっているだけで、気持ちは少し楽になります。

今日は行かないけれど、行こうと思えば行ける。その余白が、暮らしを追い込みすぎないための支えになります。

 

とくに何もしない庭の価値

 

庭をつくる、というと、何かを足すことだと思われがちです。

でも、とくに何もしない庭は、足すための場所ではありません。減らすための場所。立ち止まるための場所。

暮らしの中で、ずっと動き続けている気持ちを、一度そのまま置いておける場所です。

正解はありません。立派である必要もありません。ただ、とくに何もしなくていい庭がある。

それだけで、住まいの感じ方が、少し変わることがあります。

 

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