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家族のための家。その中に、自分の居場所はありますか

 

家づくりの打ち合わせが始まると、多くの人がまず口にするのは「家族のために」という言葉です。
子どもが安心して過ごせること、パートナーが家事をしやすいこと、親が遊びに来たときに気兼ねなく泊まれること。

どれも本当に大切で、その思いがあるからこそ家はあたたかい場所になります。

実際、間取りを考えるときも、まずは子ども部屋の広さやリビングの大きさ、収納の量などが話題になります。
キッチンの高さは誰に合わせるか、洗面所は混み合わないか、玄関はベビーカーが置けるか。
話題の中心は常に“家族”です。

それは間違いではありません。

ただ、その会話の中で「自分はどうしたいか」という問いが、どれくらい出ているでしょうか。

打ち合わせが進むにつれ、「私はどこでもいいです」「私は特にこだわりはないです」と言ってしまう場面はないでしょうか。

本当にどこでもいいのでしょうか。

それとも、家族を優先するあまり、自分の希望を後回しにしているだけではないでしょうか。

例えば、好きな素材があっても「みんなが嫌がるかもしれない」と選ばなかったり、落ち着く色があっても「無難な色のほうがいい」と諦めたりすることはないでしょうか。

その小さな遠慮は、一つひとつは些細でも、積み重なると大きな違いになります。

家は一日のうちで最も長い時間を過ごす場所です。

朝起きて最初に立つ床の感触、夜に腰を下ろす椅子の高さ、窓から入る光の向き。
そうした細かな要素が、知らず知らずのうちに心の状態に影響します。

家族のために整えた空間が、必ずしも自分にとって心地よいとは限りません。

誰かのための動線は、自分にとっては落ち着かない導線かもしれない。
誰かにとって便利な配置が、自分にとってはせわしない動きになることもあります。

それでも「仕方ない」と思ってしまう。

その積み重ねが、完成後の小さな違和感につながることがあります。

 

なんとなく残る違和感について

 

その違和感は、はっきりとした不満ではありません。
「失敗した」と言うほどでもない。
でも、なんとなく落ち着かない。
なんとなく自分の場所が定まらない。

そんな曖昧な感覚として残ることがあります。

例えば、リビングは家族が集まりやすいように広くしたけれど、自分が一人で静かに座れる場所がどこにもないと気づくことがあります。

キッチンは家族の動きを優先して回遊できる形にしたけれど、実際に長い時間立つのは自分で、その高さや向きが微妙に合っていないと感じることもあります。

収納は十分に確保したはずなのに、自分の物だけが落ち着く場所を持たないままになっていることもあります。

 

心が整うかどうか

 

家は「正解」に近づける作業のように見えますが、暮らしは正解だけでは回りません。

効率や機能性だけでなく、気持ちが整うかどうかも大切です。

誰かのために動く時間が多い人ほど、ほんの数分でも自分に戻れる場所が必要になります。

窓の外をぼんやり眺められる椅子があるかどうか。
音から少し離れられる距離があるかどうか。
照明を落としたときに、ほっとできる明るさになっているかどうか。

そうした小さな要素が、日々の疲れを静かに受け止めてくれます。

 

自分も含めた家づくり

 

「家族のための家」と聞くと、とても正しい言葉のように感じます。

でも、その中に自分を含めることは、わがままではありません。

むしろ、長く穏やかに暮らしていくための前提です。

自分が心地よくいられるとき、自然と家族にもやさしくなれます。

無理をしていない空間は、どこか空気がやわらぎます。
我慢を重ねていない家は、時間とともに味わいが出てきます。

 

いま、できること

 

家づくりは一度きりの大きな決断のように思えますが、実際にはこれから続く日常の器を選ぶことでもあります。

その器の中に、自分という存在をきちんと置いておくこと。

それは目立つ場所でなくてもいいのです。

ほんの小さな居場所でいい。
好きな素材を一つ選ぶことでもいい。
自分が落ち着く高さや距離を、ひとつ守ることでもいい。

それだけで、完成したあとの家との関係は、少し変わっていきます。

 

これからの時間を思い浮かべて

 

家づくりの打ち合わせが終盤に差しかかるころ、ほとんどの希望は形になっています。

間取りも決まり、設備も決まり、色もおおよそ整っている。

図面を見れば、誰がどこで過ごすかも想像できます。

でもその図面の中に、「自分がほっとしている姿」は浮かぶでしょうか。

家族が笑っている場面は想像できても、自分が静かに深呼吸している姿が思い描けないとしたら、どこかが抜けているのかもしれません。

例えば、朝の時間。家族を送り出したあと、ほんの数分だけ訪れる静かな時間があります。

そのとき、どこに立っていますか。どこに座っていますか。

立ったまま家事を続けるのか、それとも一度腰を下ろせる場所があるのか。

その違いは小さく見えて、毎日の積み重ねでは大きな差になります。

家はイベントのための空間ではなく、繰り返される日常のための空間です。

その日常の中で、自分の心が落ち着く場所があるかどうかは、想像以上に重要です。

夜も同じです。

家族が眠ったあと、照明を落としたリビングで、あなたはどんな気持ちで座っているでしょうか。

テレビの音に紛れているのか、それとも静かに本を開ける場所があるのか。

天井の高さ、照明の位置、壁の色、窓の向き。

こうした要素は、単なるデザインではなく、心の状態に影響を与えます。

無意識のうちに、空間は人の緊張をほどいたり、逆に少し張り詰めさせたりします。

 

最後に、ひとつの問い

 

家族のための家に、自分を含めるということは、中心を奪うことではありません。

むしろ、バランスを整えることです。

誰かだけが我慢して成り立つ空間は、どこかで歪みます。

自分も含めて成り立つ空間は、自然とやわらぎます。

その違いは、完成直後には分からなくても、数年後にははっきりしてきます。

家づくりの時間は限られています。

決めることは多く、迷うことも多い。

その中で、自分の希望を言葉にするのは少し勇気がいるかもしれません。

でも、その一言が、完成後の何十年を支えることもあります。

好きな質感を選ぶこと、落ち着く高さを守ること、静かに過ごせる距離を確保すること。

それは決して大げさな要求ではありません。

家族のための家に、自分は含まれていますか。

この問いは、責めるためのものではありません。

確認するための問いです。

完成した家の中で、自分が自然に笑っている姿を思い描けるかどうか。

その想像ができるなら、きっとその家にはあなたも含まれています。

もし少し曖昧なら、まだ間に合います。

家族と同じように、自分の心地よさも大切にしていい。

その選択は、家族にとってもやさしい結果につながるはずです。

 

読んでくださって、ありがとう。

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